正面から見た葛飾八幡宮の拝殿と石段葛飾八幡宮の御朱印(2015年の参拝写真)葛飾八幡宮
葛飾八幡宮の拝殿(2022年09月23日撮影)。写真:Saigen Jiro/Wikimedia Commons・元画像/CC0 1.0。表示用に縮小・WebP変換(トリミングなし)。重ねた御朱印写真は2015年の参拝時のものです。

葛飾八幡宮は、千葉県市川市八幡に鎮座する神社です。御朱印帳への直書きの有無や、ほかの神社の御朱印を受ける場所など、参拝前に押さえておきたい点を公式情報からまとめました。

葛飾八幡宮の御朱印は直書きできる?

公式案内では、御朱印帳への直接の書き入れは通年行っていません。持参した帳面に書いてもらう前提で訪れず、紙で受ける御朱印として準備しておくと安心です。

御朱印の受付
原則9:00〜16:00。年末年始などは変更になる場合があります。
初穂料
公式掲載の3種類はいずれも各500円。
直接の書き入れ
通年行っていないと公式に案内されています。
問い合わせ
047-332-4488(葛飾八幡宮社務所)

出典:葛飾八幡宮公式・御朱印(確認日:2026年11月7日)。

葛飾八幡宮で受けられる3種類

公式ページでは、当宮のほか、兼務する六所神社と、不知森神社の御朱印を案内しています。お参り先と御朱印の受付場所が別になる点が、巡る計画を立てる際のポイントです。

  • 葛飾八幡宮:下総国総鎮守の御朱印。
  • 六所神社:市川市須和田に鎮座する下総国総社の御朱印。
  • 不知森神社:「八幡の藪知らず」に鎮座する神社の御朱印。

御朱印帳も公式ページに掲載されています。御朱印帳を新たに受けたい場合は、現行の種類・初穂料・在庫を公式の御朱印案内で確認してください。

御朱印と一緒に見ておきたい境内

御神木の千本公孫樹(せんぼんいちょう)は、公式に推定樹齢約1,200年と紹介される国指定天然記念物です。多くの幹が寄り添う姿に、縁結びの信仰が伝わります。季節によって表情が変わる境内の見どころです。

参道の随神門は、かつて別当寺の仁王門だった建物。神仏分離によって神社の門になった歴史があります。御朱印だけでなく、門や御神木にも目を向けると、この場所の歩みを感じられます。

出典:葛飾八幡宮公式・ご祭神とご由緒(確認日:2026年11月7日)。

アクセス・駐車場とGoogleマップ

所在地は千葉県市川市八幡4-2-1。京成電鉄「京成八幡駅」から徒歩5分、JR総武線・都営新宿線「本八幡駅」から徒歩10分と公式に案内されています。

車では京葉道路「市川IC」から約15分。公式掲載の駐車場は有料・26台です。所要時間は道路状況でも変わるため、余裕を持って出発してください。

出典:葛飾八幡宮公式・交通案内、所在地・社務所案内(確認日:2026年11月7日)。

葛飾八幡宮|千葉県市川市八幡4-2-1

Googleマップで葛飾八幡宮を開く・経路を調べる

以前の参拝記録と写真(2015年掲載)

ここからは元記事の参拝体験・由緒紹介です。写真と体験談は掲載当時のもので、今回の現地訪問や現状確認を示すものではありません。御朱印の受付と交通は上の公式情報による案内をご覧ください。

JR総武線本八幡駅のすぐそばにある、「八幡」の地名の由来になったとも言われる由緒ある神社です。

9月に参道で行われる「ボロ市」では農具などの出店が並ぶことが有名です。

境内には、岡晴夫歌碑、野外彫刻(藤野舜正作、大須賀力作)、八幡音頭歌碑、小林一茶句碑などがあります。

御祭神

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

誉田別命(ほむだわけのみこと)(応神天皇 おうじんてんのう)

・・・厄除開運のご神徳 文教の祖神・殖産興業の神

息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后 じんぐうこうごう)

・・・安産・武運の神

玉依姫命(たまよりひめのみこと)

・・・育児守護の神

御由緒

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

平安時代(寛平年間(889-898)宇多天皇の勅願によって、京都の石清水八幡宮を勧請して創建されたといわれています。

武人の崇敬を集めていたといい、平将門の奉幣、源頼朝の社殿改築、太田道灌の社壇修復や、天正19年(1591)には徳川家康から社領52石の御朱印状を拝領したそうです。

明治13年には郷社に列格していました。

随神門

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

国道14号から踏切をこえ長い参道を進むと大きな赤い門があります。

随神門は市の指定有形文化財に指定されているそうです。

和様、木造単層切妻造で、正面柱三間・奥行柱二間の「八脚門」と呼ばれる構造形式をもち、柱・梁や軒を支える組物に特色があることから、市の有形文化財に指定されています。
かつて屋根は萱葺でしたが、現在は銅板に葺替えられ、軸部の塗替も幾度か、なされた痕跡があります。
この門は、明治維新まで当神社の別当寺であった、上野東叡山寛永寺の末寺、天台宗八幡山法漸寺の山門でしたが、明治維新のいわゆる神仏分離によって、随神門と改称し、両袖に安置されていた仁王像も、そのときに行徳の徳願寺に遷され、現在の随神が奉安されました。

(境内掲示より)

千本公孫樹(せんぼんいちょう)

本殿に向かって右側に、樹齢1200年以上、高さ22mもある国指定天然記念物に指定されている大イチョウがあります。

主幹を囲んで無数の支幹が伸びている姿から「千本イチョウ」と呼ばれています。

寄り添って立つ姿から、縁結びの御神徳があるとされています。

葉が黄色く色づいた姿は葛飾八幡宮のシンボルとして、御朱印帳の表紙にもデザインされています。

境内社

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

天満宮、尾上稲荷社、八坂社、浅間社

千本公孫樹の右手に富士塚があり、その横に厳島神社の社もあります。

神楽殿

川上翁遺徳碑

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

寛保二年(1742)一月、八幡村大芝原(現八幡二丁目)に生まれた川上善六の碑。
明和七年(1770)、小さいころより農業の手伝いをしていた善六は、江戸に近い八幡で梨の栽培を始めました。
江戸の市場で、高値で取り引きされるようになると、善六は村人にその栽培を奨励し、たちまち八幡一体には梨園が広がりました。これが市川の名産とされる「市川梨」の起りだそうです。
善六は梨栽培で財をなしても決して驕らず、人々に学問を教えたり、親孝行に励んだりとその人柄の良さに多くの人々に親しまれたそうです。
文政十二年(1829)八月、八十七歳で亡くなったあとも、村人から「梨祖」と仰がれ、大正四年(1915)その遺徳を後世に伝えんと、市川梨発祥の地に碑が建てられたそうです。
(市川市教育委員会掲示より)

やわたまつり

三年に一度、八幡の町を大神輿が巡行するお祭りが執り行われます。

「宵まつり」といわれる前夜祭には大神輿や子ども神輿の展示と縁日が開かれるそうです。

その他

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真 御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

源頼朝駒どめの石、石像、鐘楼など、ほかにも多くの見どころのある神社です。

とても可愛い狛犬もいます。

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

御朱印は、本殿向かって左手にある社務所でお願いすることができました。

千本公孫樹の刺繍されたオリジナルの御朱印帳を頂くことができます。

ふさのくに神社御朱印巡りの一社でもあり、そちらにも御朱印を頂くことができます。

御朱印「葛飾八幡宮」(千葉県市川市)の参拝写真

情報の出典と確認範囲

御朱印の種類・初穂料・受付時間・授与方法と交通案内は、公式ページを2026年11月7日に確認しました。後半の写真と当時の参拝体験は、2015年掲載の記録です。

御朱印・交通案内を公式等の情報で確認し、不明点も明記しています。以前の参拝写真と体験談は掲載当時の記録です。限定御朱印は記載の対象期間をご確認ください。