東京都世田谷区の松陰神社は、吉田松陰を祀る神社です。御朱印の参拝記録に、公式アクセスと休務日の確認先を追加しました。萩市の同名神社とは場所が異なるため、世田谷の神社を訪ねる方向けの案内です。
松陰神社の御朱印・参拝の確認事項
- 開門時間
- 公式案内は7:00〜17:00。早朝に参拝できても、授与所が開いているとは限りません。
- 守札授与所
- 9:00〜17:00、社務所休務日を除きます。御朱印の当日の対応は、お知らせ・休務日を合わせて確認してください。
- 限定の御朱印
- 公式に祭典の御朱印に関するお知らせがあります。過去のお知らせを通年の授与条件として扱いません。
- 初穂料・直書き対応
- 今回の常設案内では現行の金額と授与方法を確定できませんでした。
吉田松陰ゆかりの境内を歩く
以前の御朱印には『松陰神社』と参拝記念の印が見られます。社名だけでなく、境内の由緒や松陰にまつわる案内も読むと、参拝した場所と一枚の御朱印が結びつきます。
元記事のテレビドラマや当時のお守りの頒布状況は、現在の情報と混同しやすいため現行案内から外しました。今受けられる御朱印や授与品は、社務所休務日のカレンダーと公式のお知らせで確認してください。
アクセスと所在地の地図
東急世田谷線の松陰神社前駅から、商店街を北へ徒歩約3分。公式アクセスには路線バス・車での案内もあります。大型車の乗り降りなどは通常の参拝者と条件が違うため、公式の注意事項をご覧ください。
所在地:東京都世田谷区若林4-35-1。
以前の参拝記録と写真(2015年掲載)
ここからは元記事の体験と由緒紹介を残した記録です。写真・窓口での体験は掲載当時のもので、今回の現地訪問を示しません。古いアクセス案内は上の確認情報へ置き換えています。由緒やご利益は信仰・伝承としてお読みください。

幕末の志士を育てた教育者であり思想家であった「吉田松陰」を祭神とする神社。
吉田松陰の御墓や松下村塾を模したものもあり、幕末に興味のある方にはおすすめです。
御由緒

1863年(文久3年)安政の大獄で刑死した吉田松陰を、攘夷派の志士たちが長州藩主の別邸であった大夫山の楓の木の下に改葬しました。
その後、幕末の動乱の際、幕府勢により破壊されましたが、のちに木戸孝允が修復し、その際に寄贈された鳥居はいまだ墓所に現存しています。
明治15年に吉田松陰の門下の人々の手によって、墓畔に社を築いて御霊を祀り忠魂の鎮座するところとなりました。

創建当初に建てられた社殿は、初代総理大臣となった伊藤博文、山縣有朋、井上馨、乃木希典など、名だたる明治維新の重鎮たちが協力して造営したもので、現在は本殿の内陣となっているそうです。
御祭神 吉田松陰

天保元年(1830)8月4日長州藩(現在の山口県)で生まれた思想家であり教育者。
身分の上下や職業などは関係なく通うことのできた松下村塾は僅か2年余の間しか開塾していませんでしたが、伊藤博文、木戸孝允、山縣有朋など、後の明治維新を成し遂げた数多くの若者達が師事したとされています。
ペリー来航など開国に向けた時代の中、脱藩され浪人の身でありながら藩主に対し意見書を呈したり、黒船への密航を試み失敗に終わり投獄されたりと、これからの日本のことを考えての尊王攘夷的思想が幕府を脅かす存在とされ投獄され、のちに[安政の大獄]と言われる事変により、30歳の若さで処刑されました。
至誠、真心が人間を動かす世界を夢見て弟子たちと共に学び教え、次の時代を背負う多くの俊才、逸材を生み出したことから、近年では学問の神として、全国より多くの参拝者が訪れているそうです。
「天下は万民の天下にあらず、天下は一人の天下なり」
「至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」
「志を立ててもって万事の源となす」
松下村塾

拝殿に向かって、右手側にあります。
NHK「花燃ゆ」の看板や、吉田松陰の像もその付近にありました。
この神社にあるのは、山口県萩にある松陰神社に現存しているものを模したもので、土日祝のみ(午前9時から午後4時半※荒天除く)に雨戸が開放されており、中の様子を伺うことができます。
多くの幕末志士を輩出した松下村塾。吉田松陰が師事していたこの塾は、身分に関係なく学ぶことができ、幕末の志士として有名な高杉晋作や久坂玄瑞、明治維新の立役者となった伊藤博文、山縣有朋らや多くの偉人が松陰から学んだといわれています。
石灯篭
境内には毛利元昭を始め、松下村塾門下の伊藤博文、山縣有朋等の縁故者より奉献された32基の石燈籠が並んでいました。
灯篭に刻された文字は書家高田竹山による八分隷書体で貴重な文化財とされているそうです。
松陰先生他烈士墓所

参道を石灯篭より左手の奥に入ったところにあります。
吉田松陰の墓碑のほか、頼三樹三郎、小林民部、来原良蔵、福原乙之進、綿貫次郎輔、中谷正亮、そのほか烈士の墓碑がならんでいました。
NHK大河ドラマ「花燃ゆ」

当時NHKで放送されていた「花燃ゆ」は、祭神である吉田松陰の妹である文を中心とし、松陰と家族の絆や、松陰の志を継いでいった人々が物語れています。
テレビの放送が始まったこともあり、境内には多くの参拝者の姿が見られました。
その他

御朱印は、拝殿に向かって左手にある社務所にて頂きました。
また、社務所では 吉田松陰直筆の文字の入ったお守り(勝守・志守)や絵馬が領布されていました。
・勝・・・「松陰先生のように自分の弱い心に負けないように」
・志・・・「松陰先生のように初志を忘れず困難に立ち向かえますように」
・花まもり・・・「松陰先生の志を受け継いだ方々が、その志を胸にその後大きく花を咲かせたことにあやかり」
個数限定で領布されていたのですが、すでに領布終了していました。
今回のものとは違う形になるそうですが、大願成就[花まもり]の領布を検討中だそうです。

情報の出典と確認範囲
- アクセス – 【公式】松陰神社/東京都世田谷区鎮座 吉田松陰先生留魂の地:所在地、開門7〜17時、守札9〜17時、祈祷締切15時50分、駅から徒歩約3分。
- お知らせ – 【公式】松陰神社/東京都世田谷区鎮座 吉田松陰先生留魂の地:御朱印のお知らせと休務日確認先。
上の公式等の案内を2026-11-07に確認しました。御朱印の現行初穂料・通常の授与方法/訪問予定日の社務所休務・限定頒布は今回確認できていません。過去の写真の意匠・価格・対応が現在も同じとは限りません。
御朱印・交通案内を公式等の情報で確認し、不明点も明記しています。以前の参拝写真と体験談は掲載当時の記録です。限定御朱印は記載の対象期間をご確認ください。






