末廣神社は、日本橋人形町に鎮座する日本橋七福神の一社です。以前の御朱印には毘沙門天の墨書が大きく記されています。社名は公式表記の『末廣神社』に揃え、御朱印をお願いする前の確認事項をまとめました。
末廣神社の御朱印・参拝の確認事項
- 御朱印写真
- 2014年にいただいた毘沙門天の墨書を掲載しています。現在の意匠や受付条件を示す写真ではありません。
- 神社名
- 公式の社名は『末廣神社』です。『末広神社』という表記でも知られています。
- 御朱印の条件
- 専用の受付時間・初穂料・記帳方法は、今回確認した公式ページでは確定できませんでした。
- 祈祷と御朱印
- 公式のご祈祷・授与品の案内にある金額は、お守り等のものです。御朱印の金額とは区別してください。
毘沙門天の御朱印と、日本橋の参拝記録
掲載した御朱印には毘沙門天の墨書と朱印が重なっています。これは当サイトの過去の参拝記録として紹介している一例です。同じ意匠や筆致を指定していただくものではありません。
日本橋の七福神巡りでは正月だけの頒布品や期間中の対応が別に設けられることがあります。通常参拝の御朱印と、七福神の色紙等は同じ条件とは限らないため、希望するものを具体的に確認しましょう。
小さなお宮だからこそ、窓口の都合を確認
公式サイトは、一組ずつのご祈祷を行う小さなお宮と説明しています。御朱印を目的に訪ねる場合も、祭事やご祈祷を優先する場面があることを踏まえ、時間に余裕を持ってください。
授与品ページには複数のお守りが紹介されていますが、その初穂料から御朱印の金額を推測して掲載することは避けました。御朱印帳の記帳を希望する場合は、対応方法と一緒に窓口へ確認してください。
アクセスと所在地の地図
所在地は日本橋人形町2-25-20です。人形町周辺の街中にある小さな神社なので、日本橋七福神を巡る際も社名と入口を確かめてお参りしてください。御朱印の当日対応を確認する場合の連絡先は03-3667-4250です。
所在地:東京都中央区日本橋人形町2-25-20。
以前の参拝記録と写真(2014年掲載)
ここからは元記事の体験と由緒紹介を残した記録です。写真・窓口での体験は掲載当時のもので、今回の現地訪問を示しません。古いアクセス案内は上の確認情報へ置き換えています。由緒やご利益は信仰・伝承としてお読みください。
江戸時代の遊郭[吉原]の地主神・氏神として信仰されていた神社で、日本橋七福神の一社でもあり「毘沙門天」もお祀りされています。

御由緒

御祭神 宇賀之美多麻命(うがのみたまのみこと)=お稲荷さま
毘沙門天
今から400年ほど前から「稲荷祠」として鎮座しており、江戸時代には周辺地域が開拓され遊郭「吉原」で活気づいた人々に地主神として信仰されました。
その後、明暦の大火によって吉原が移転したあとは、人形町の産土神として信仰されてきたそうです。
開運・商売繁盛・災厄除け・疾病平癒

1675年社殿修復の際、本殿より「中啓」(末広扇)が出たことから、それにちなんで「末広」を神社名に冠したそうです。
なので「末広神社」と呼ばれるようになったのは、今から330年ほど前からだということになります。
縁起の良い社号にあやかって、開運・商売繁盛・災厄除け・疾病平癒の御神徳があるといわれています。
その他

日本橋七福神の一柱「毘沙門天」は正月の1~5日までの七福神めぐりのときのみ御開帳されて拝観することができるそうです。
普段は末広扇とともに、拝殿前に写真で拝観することができます。
御朱印は拝殿横の社務所で頂けるようですが、閉まっていました。
ガラス戸にインターホンでお呼びくださいとあったので、お願いして頂戴することができました。
神社の御朱印と、七福神の毘沙門天の御朱印の二種類あり、神社のをお願いしたのですが 毘沙門様のお話をお伺いしてるうちに毘沙門様の御朱印を誤って押印してしまったとのことでした。
もとから七福神めぐりで改めて参拝した際に毘沙門様のを頂くつもりでいたのですが、これもなにかのご縁を毘沙門様から頂いたのだろうと次回参拝できるのを楽しみに思えました。
情報の出典と確認範囲
- トップページ | 末廣神社:正式社名、所在地、問い合わせ先、毘沙門天と日本橋七福神の紹介
- 授与品・ご祈祷 | 末廣神社:祈祷の案内と授与品。御朱印の料金とは区別
上の公式等の案内を2026-11-07に確認しました。御朱印の受付時間・初穂料/直書き・書き置きの当日対応は今回確認できていません。過去の写真の意匠・価格・対応が現在も同じとは限りません。
御朱印・交通案内を公式等の情報で確認し、不明点も明記しています。以前の参拝写真と体験談は掲載当時の記録です。限定御朱印は記載の対象期間をご確認ください。
